台風の接近で予定していた仕事が中止になった。
自然相手の事だから仕方がない。‘
安全を考えれば当然の判断だと思う。
それなのに連絡を受けた瞬間、私は落ち着かなくなった。
突然予定がなくなった。
一日ぽっかり空いた。
本来なら少し休めると考えてもよさそうなのに、
私の頭に浮かんだのは別の事だった。
今月の収入、どうなるだろう。
私の仕事は働いた分が収入になる。
1日なくなればその分だけ減る。
たった1日。
そう思う人もいるかもしれない。
でも積み重なれば決して小さくない。
家賃も光熱費も食費も待ってはくれない。
生きているだけでお金は出ていく。
休みの日は収入がないのに、お金だけは減っていく。
だから仕事がなくなることは、私のとって単なる予定変更ではない。
生活に直接つながる出来事だ。
けれど不安の正体は、それだけではない気がしている。
私は派遣会社にも所属はしているが、一部はフリーランスとして働いている。
この仕事を長く続けてきて分かったことがある。
仕事は実力だけでは決まらない。
もちろん実力は必要だ。
でも、それだけでは仕事は来ない。
だれかとの縁。
たまたまのタイミング。
名前を思い出してもらえること。
「あの人に頼もう」と思ってもらえること。
そんな積み重ねの先に仕事がある。
だから私は知っている。
どれだけ頑張っても仕事は来ない。
来月も同じように仕事がある保証はない。
実力がある人に必ず仕事が来るわけでもない。
実力がない人に仕事が来ないわけでもない。
縁ある人に仕事が来る。
それが現実だ。
だから怖い。
台風で仕事が一つなくなっただけなのに、心のどこかで考えてしまう。
次はあるだろうか・・・。
また声をかけてもらえるだろうか・・・。
そんなことを考え始める。
考えても仕方がないのに。
私は独身で、ひとりで生活している。
仕事がなくなったからと言って、誰かが生活を支えてくれるわけでもない。
共に生きる相手もいない。
家に帰って今日あったことを話す相手もいない。
おいしいものを食べて「おいしいね」と言い合う相手もいない。
そんな暮らしを長く続けてきた。
だからなのだろうか。
仕事があると落ち着く。
次の予定があると安心する。
そこに大きな夢があるわけではない。
人生の目標があるわけでもない。
ただ、今日働いて収入を得る。
また次の仕事へ向かう。
その繰り返しが自分を支えている。
だから予定がなくなると不安になる。
収入の事もある。
でもそれだけではない。
予定表にできた空白を見ていると、自分まで空っぽになったような気持ちになる。
私は何のためにいきているのだろう。
何を目指しているのだろう。
そんなことを本気で考えてしまう。
台風はまだ来ていない。
窓の外は静かだ。
けれど私の頭の中だけが少し騒がしい。
明日になれば台風は通り過ぎる。
また電話が鳴るかもしれないし、鳴らないかもしれない。
結局私は、その時になったらまた働くのだろう。
不安になりながらもそうやって今までやってきたのだから。

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